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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1074号 判決

原告 片桐貞子

右訴訟代理人弁護士 安田進

被告 伊藤一男こと 明大成

右訴訟代理人弁護士 徳岡二郎

主文

被告は原告に対し東京都品川区豊町五丁目一三一番の二宅地四十三坪五合六勺の北西の角約四坪上にある木造ルーヒング葺二階建一棟建坪約三坪二合五勺二階三坪二合五勺を収去して、その敷地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が東京都品川区豊町五丁目一三一番地の二宅地約四十三坪五合六勺を所有し、昭和三十二年十一月五日被告に対し右宅地の北西の角(但し坪数の点を除く)を賃料月額金四千円期間三年の約で賃貸したことは当事者間に争がない。

そこで右契約の内容を更に仔細に調べると、いづれも成立に争ない甲第二号証の一、二、乙第二、第三号証、証人片桐武明の証言の一部原告本人尋問の結果及び検証の結果によると、昭和三十一年秋頃原告は被告より、『今借りている店の立退きを要求され困つているので、原告方の玄関先の庭を二、三坪貸して貰いたい、そこに不動産仲介業をするバラツクの事務所を造るのだが、椅子テーブルを置くだけで、寝泊りしない、入用のときは何時でも明渡すから是非貸してほしい』と懇願されたので、これに応じ、被告の申出た右の条件のほか、権利金三万円賃料月額金四千円(賃料については争ない)の約で賃貸することになつた。ところが、被告は権利金二万円を支払つただけで、約一年間放置し、昭和三十二年十一月五日に至つて原告に対し、借地が三坪では東京都で建築を許可してくれないから、表面上だけ四坪の土地の賃貸借にしてほしいと頼んで、そうして貰い、なお期間は三年、双方が差支えなければ更新することに改め、その他の約定は変更を加えなかつたことが認められる。要するに本件賃貸借契約の内容は、原告の所有地の西北角二乃至三坪をバラツク建築のため被告に賃貸する、このバラツクは不動産仲介業の事務所に用いるが、椅子テーブルを置くだけで寝泊りしない。期間三年、但し双方が差支えない場合は更新する、賃料月額四千円、権利金三万円、以上の内容の一時使用のための宅地賃貸借であつた。従つて賃貸土地の坪数や其処に建築すべき建坪について明確な定めはなく、ただ玄関先の庭二乃至三坪を貸すと言うだけであつたけれども、その場所の位置・広さから判断すれば、原告方住宅の庇より若干の間隔を保つて建築すること、従つて精々二坪半迄の建坪の建物を目途とし、その建物所有並びに使用に必要な限度として三坪の土地を賃貸するものであることが、おのずから理解されるし、更に又椅子テーブルを置くだけのバラツクで寝泊りしない約であることから、平家建と言うことも双方で了解していたものと察せられる。

右認定に反する被告本人尋問の結果はたやすく信用できないし、乙第一号証の「片桐」の印影は原告本人尋問の結果によれば、原告の印影でないことが判るから、乙第一号証が本件賃貸借の内容を記したものとは認めがたい。又甲第一号証土地賃貸借契約会によれば、その第一条に賃貸借の目的土地として「約四坪」とあるが、これは前認定の通り表面上だけ左様にしたものであるし、同条項に「普通建物所有の目的を以て賃貸した」とあり、第七条には「但し更新を認めることとする」とあるけれども、原告本人尋問並びに検証の結果及び被告の建築した建物の写真と認められる甲第三号証の一、二によれば、本件係争の場所は、住宅たる原告方玄関先の間口十五尺(原告方洋間の西側庇の下を含まず)奥行九尺(原告方玄関の庇の下を含まず)の狭隘な庭の一部であつて、かような位置、狭さの特殊性があるし、被告が建築にかかるや、直ちに原告より二階建にしたことや建坪の増大に対し強く反対の出たことが夫々認められ、これらの事実と前認定の賃貸借契約成立の事情とに徴すると、前記場所に木造建築ならどんな建物を造つても差支えないし、又長期間にわたり(普通建物所有のための賃貸借なら原則として期間は三十年となる)ここを賃貸する趣旨であつたと認めがたい。結局前記「普通建物」の文言は原告側の法律的無知の故に不用意に使つたものであつて、これにより従前の約定を変更したものではなく、従つて又「但し更新することとする」との但書も又前認定の趣旨に解すべきものと思料されるので、これらの点に関する被告の主張はこれを採用できない。

然るに証人片桐武明(一部)、同戸田哲の各証言、原告本人尋問の結果、本件建物の写真と認められる甲第三号証の一、二、甲第四号証の一乃至四及び検証の結果によると、被告は約旨に反し一階三坪二合五勺、二階三坪二合五勺の総二階の建物を建て始めたので、原告は早速同年十一月八日棟上げ完了前に建築の中止を求め、次いで品川区役所で建築許可申請の点を調べたところ、無許可建築であることが判つたので、係員に陳情して建築禁止を命じて貰うなど、種々の手段をつくして建築を中止させようとしたが、被告はこれに応ぜず、強引に主文掲記の建物を完成してしまつたことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は措信できず、乙第四号証は原告の息子片桐武明が原告に無断で、而も被告の強要に堪えかねて作成したものであることが、前顕証拠より判るから、前認定の妨げとならず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

而して原告が昭和三十二年十一月九日被告に対し内容証明郵便で賃貸値契約解除の意思表示をなし、同月十一日右書面が被告に到着したことは当事者間に争ない。

思うに本件賃貸借に於て建坪及び平家を建てるか二階建を造るかが、原告にとつて重大な関心事であることは、本件賃貸借土地の位置・広さから容易に判断できるところであつて、それにも拘らず、被告が敢て契約違反の建築を強行した(その結果は甲第三号証の一、二、甲第四号証の一乃至四の各写真及び検証の結果に見られる通り、原告の玄関の庇は被告の建物の羽目板に喰いこませざるを得なくなり、玄関への通路が半分塞がり、出入が極めて不便となり、而も被告一家が二階に居住するに至つた)ことは債務不履行の中でも著しい不信行為と認むべくよつて本件賃貸借契約は前記解除の意思表示の到達した昭和三十二年十一月十一日限りで終了したものと謂わねばならない。

以上の次第で被告に対し右建物の収去並びにその敷地の明渡を求める原告の本訴請求は理由あるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

なお仮執行の宣言は請求の性質上これを附さない。

(裁判官 室伏壮一郎)

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